英単語カードの表に英語を書くか、日本語を書くか。つまり「英語を見て意味を言う」方向で覚えるか、「日本語を見て英語を言う」方向で覚えるか。単語帳を作り始めた人が最初にぶつかる分かれ道です。
結論から書きます。どちらで覚えるかは、その単語を何に使うかで決まります。 読んで意味が分かればいい試験なら英→日で足ります。書く・話す場面があるなら、日→英の練習をどこかで足す必要があります。そして「英→日はできるのに日→英ができない」のは記憶力の問題ではなく、2つが別の能力だからです。
この記事では、なぜ別の能力なのか、どちらから始めるのがいいのか、そして1つの単語帳で両方向を回すやり方を、出題方向の機能を実装した立場から書きます。
英→日と日→英では、何が違うのか
語彙の知識には2つの水準があります。
- 受容語彙——読んだり聞いたりしたときに、意味が分かる単語
- 産出語彙——自分が書いたり話したりするときに、使える単語
受容語彙のほうが大きく、産出語彙はその一部です。第二言語の学習者に同じ形式のテストで両方を測った研究では、受容側の語彙量が産出側を上回り、厳しく採点すると頻度の低い語ほど差が開くことが報告されています(Webb, 2008)。reluctant を見て「気が進まない」と分かることと、「気が進まない」から reluctant を取り出せることは、要求されている作業が違います。前者は見せられたものに反応すればよく、後者は手がかりの少ない状態から自力で引き出す必要があります。
この構造は、選択肢で解けるのに書けない現象(再認と再生の違い)と同じ根を持っています。英→日は再認に近く、日→英は再生に近い。そして再生のほうが負荷が高いぶん、練習したときの定着も強いことが分かっています(読み直す群と思い出す群を比べたRoediger & Karpicke, 2006=直後の成績は読み直した群が高いのに、日を置くと思い出した群が上回る)。
だから「日本語から英語ができない」のは自然なことです。やさしい方向だけ練習してきたのなら、難しい方向ができないのは、練習していないからです。
どちらから始めるのがいいのか
目的別に整理するとこうなります。
| 目的 | 英→日 | 日→英 |
|---|---|---|
| 長文読解・リーディング中心の試験 | ◎ これで足りる | 任意 |
| リスニング中心 | ◎(音→意味も同じ受容側) | 任意 |
| 英作文・スピーキングがある試験 | ○ 前提として必要 | ◎ こちらが本番 |
| 仕事でメールを書く・会議で話す | ○ | ◎ |
順序としては、まず英→日で入れて、必要になったら日→英に切り替えるのが無理のない設計です。理由は2つあります。
- 英→日のほうが1枚あたりの負荷が軽いので、新しい単語を数多く入れる時期に向いています。復習の負荷計画は間隔反復の設計の記事に書いたとおり、入れる時期こそ軽さが効きます。
- 日→英は、意味を知らない単語には成立しません。 「気が進まない」から
reluctantを出すには、まずreluctantの意味を知っている必要があります。受容が先、産出が後という順序は、能力の構造そのものです。
「日本語から英語」ができないもう1つの理由——1対多の問題
日→英を難しくしているのは、負荷の高さだけではありません。日本語の1語に対応する英語が1つに決まらないという、カード設計の問題があります。
「見る」から引き出せる英語は see look watch と複数あります。カードの表に「見る」とだけ書くと、どれを答えても合っている気がして、採点が曖昧になります。この曖昧さは覚え方の曖昧さに直結します。
対処はカードの側でできます。
- 手がかりを足す——「(テレビを)見る」「見る(w〜)」のように、答えが1つに絞れる情報を表に書く
- 1枚1義に割る——
see用とwatch用を別カードにする
これはカードの作り方の原則で書いた「最小情報の原則」(SuperMemo の20のルール)の応用です。方向を裏返した瞬間にカードの曖昧さが露呈するので、日→英に切り替えるタイミングは、カードを作り直す良い機会でもあります。
両方向で覚えるには、どうやるのか
紙のカードなら話は単純で、束を裏返して繰るだけです。アプリの場合は、同じことを機能がやるかどうかで手間が変わります。
Anki には、1回の入力から英→日と日→英の2枚を自動で作るノートタイプ(Basic (and reversed card))があります(公式マニュアルの Note Types=「front→back と back→front の2枚を作る」。2026-06-07 に調査・2026-10-18 に出典を確認)。2枚は別のカードとして扱われるので、方向ごとに進捗が独立します。
私たちが作っている RepeCa では、フォルダ単位の「出題方向」という設計にしました。フォルダの設定で 表→裏(既定)・裏→表・ランダム の3つから選ぶと、そのフォルダの出題がまとめて切り替わります。カードは1枚のままで、学習セッションも通知の「今日の1問」も、設定した方向に従います。
実装して分かったこと
出題方向を実装したとき、仕様として決めなければならなかったことがいくつかあります。同じ機能を持つアプリを選ぶときの見どころにもなるので、判断の中身を書いておきます。
進捗は方向と無関係に、1枚のカードが持ちます。 英→日で覚えたカードを裏→表に切り替えると、レベルの高いカードにいきなり難しい方向で出会うことになります。間違えたカードはレベル1に戻り、最初から再ドリルされます。切り替え直後に正答率が落ちるのは仕様で、間隔反復の自己修正がそのまま「方向の実力差の検出」として働きます。
裏を返すと、RepeCa は方向ごとの実力を別々には追跡できません。 英→日はレベル5、日→英はレベル2、という状態を持ちたいなら、Anki の2枚方式のほうが向いています。私たちが1枚方式を選んだのは、2枚方式ではカード数・統計・1日の上限がすべて2倍になり、管理する対象が増えるからです。どちらが良いかは、方向別の進捗管理にそこまでの価値を感じるかどうかで分かれます。
細かい決め事も3つあります。
- 裏が空のカードは反転しません。 反転すると問題文が空になるためです。
- ○×・N択のフォルダには出題方向がありません。 「問題→選択肢」の構造が固定だからです。
- 画像は常に表側のテキストに付きます。 反転時は答え側に表示されるので、画像が答えを割ってしまうことはありません。
よくある質問
Q: ランダム出題に意味はあるのか
あります。ただし順番が大事です。ランダムはカードごとに五分五分で方向を抽選する設定で、どちらの向きで出されても思い出せる状態を目指す仕上げに向いています。最初からランダムにすると、まだ練習していない日→英で半分のカードにつまずき、続かなくなりやすい。英→日で入れる → 日→英に切り替える → 仕上げにランダム、という段階を踏むのが現実的です。
Q: 方向を切り替えると、それまでの進捗は消えるのか
消えません。進捗は方向と無関係にカードが持っているので、切り替えても数字はそのままです。そのうえで、切り替え後に間違えたカードだけがレベル1に戻ります。全部をまっさらにして最初からやり直したい場合は、切り替えではなく学習レベルのリセットを使います。
Q: 熟語やフレーズでも同じ考え方でいいのか
同じです。ただし日→英の1対多の問題がより強く出ます。「〜を考慮に入れる」に対応する言い方は複数あるので、語数や頭文字の手がかりを表に足すか、「このカードではこの表現が言えたら正解」と決めておくと採点がぶれません。なお、英語以外の言語では取り込みや文字の扱いに別の壁があります。詰まりどころは単語帳アプリを英語以外の言語で使うときの4つの壁にまとめてあります。
方向の使い分けを含めた、英単語学習全体での RepeCa の使い方は英単語カードを自作する人のユースケースに別途まとめています。