暗記法をひととおり調べると、必ず出てくるのがライトナーシステムです。カードを箱に分け、正解したら次の箱へ、間違えたら最初の箱へ戻す——ただそれだけの方法なのに、間隔反復の原型として50年以上使われ続けています。
仕組みの説明は5行で終わります。ところが実際に回そうとすると、説明されていないことがいくつも出てきます。「箱はいくつ必要か」「間違えたら本当に最初まで戻すのか」「今日ぶんを消化しきれなかったらどうするか」。
この記事では前半で基本の回し方を、後半でその単純な説明では決まっていない7つの判断を扱います。後半は、実際にこの仕組みを実装した立場から書きます。
基本のしくみ
ドイツの科学ジャーナリスト、セバスチャン・ライトナーが1972年の著書『So lernt man lernen』で紹介し、広く知られるようになった方法です。
必要なのは**カードと、番号を振った箱(または仕切り)**だけ。
- 新しいカードはすべて箱1に入れる
- 出題して正解したら、1つ上の箱へ移す
- 間違えたら、箱1に戻す
- 箱の番号が大きいほど、その箱を開ける間隔を長くする
これだけです。よく覚えているカードは箱の奥へ進んで出番が減り、あやふやなカードは何度も箱1に戻ってくる。結果として、自分が苦手なものほど頻繁に出題される——分類も優先順位づけも自動でついてきます。
箱と間隔の例
間隔の置き方は流儀がいろいろありますが、5つの箱ならこのあたりが標準的です。
| 箱 | 次に出るまで |
|---|---|
| 箱1 | 1日後 |
| 箱2 | 3日後 |
| 箱3 | 1週間後 |
| 箱4 | 2週間後 |
| 箱5 | 1か月後 |
箱5まで到達したカードは「ほぼ覚えた」扱いです。それでも月に1度は顔を出すので、完全に抜け落ちる前に拾えます。
紙で始めるなら
道具は本当に箱だけで足ります。仕切りのある小物入れでも、封筒5枚でも構いません。
やることは、箱1は毎日開ける。箱2は3日に1度。箱3は週1回——というように、開ける日を決めるだけです。曜日で固定してしまうのが一番続きます(例:箱3は毎週日曜、箱4は月の第1・第3日曜、箱5は月初)。
なぜこれが効くのかは、間隔反復の一般論と同じです。間隔を空けて、思い出そうとする。この2つが効くことは複数の研究で確かめられています(詳しくは間隔反復(SRS)とはにまとめました)。ライトナーの発明は新しい原理ではなく、その原理を紙と箱だけで実行可能にしたところにあります。
ここからが本題:説明されていない7つの決め事
さて、上の説明で実際に回そうとすると、すぐに手が止まります。決まっていないことが多すぎるからです。
以下は、この仕組みをアプリとして実装したときに、実際に決めなければならなかった項目です。紙で運用する場合も同じ判断が必要になるので、自分ルールを決める参考にしてください。
① 間隔をどう置くか
「箱の番号が大きいほど長く」だけでは決まりません。倍々(1, 2, 4, 8, 16)にするのか、もっと緩やかにするのか。
私たちが選んだのは 1日 → 3日 → 1週間 → 2週間 → 1か月 です。倍々でない理由は2つあります。
- 初期(箱1→箱2)はあえて短くしたい。ここで落ちるカードが最も多く、間隔を空けすぎると箱1と箱2を往復するだけになる
- 後半はカレンダーに馴染む数字(1週間・2週間・1か月)にしたい。紙でやる人が曜日で運用できるほうが、理屈上きれいな指数列より続く
厳密な最適値は存在しません。最適な復習間隔はゴールまでの期間で変わることが分かっているので、固定の数列はどのみち近似です。近似であるなら、扱いやすい数字を選ぶほうが実用的だと判断しました。
② 間違えたとき、1つ下げるか、最初に戻すか
ここは流儀が割れます。箱4で間違えたら箱3へ下げる方式と、一気に箱1へ戻す方式です。
私たちは箱1へ戻す方を採りました。理由は、間違えたという事実は「その1枚がまだ定着していない」ことの十分な証拠だからです。箱4にいたという過去の実績は、いま思い出せなかったことを埋め合わせません。
段階的に下げる方式は「せっかく育てたのに」という心理的な抵抗が少ない反面、同じカードで何度も間違え続ける状態を長引かせます。厳しめに倒すほうが、結果的に早く終わります。
③ 「1日後」の1日は、いつからいつまでか
見落としやすい割に、体験を大きく左右します。
深夜1時に学習した人にとって、そのカードは**「今日」やったのか「昨日」やったのか**。素直に日付で切ると、夜更かしして日付をまたいだ瞬間に、さっきやったばかりのカードが「翌日ぶん」として出てきます。
私たちは午前4時を1日の境界にしました。深夜0時〜4時の学習は前日ぶんとして扱われます。連続学習日数(ストリーク)の判定も同じ境界です。夜型の人が理不尽にストリークを切らさないようにするための処理で、紙でやる場合も「寝るまでが今日」と決めておくと同じ効果があります。
④ 溜まったとき、全部出すか、上限をかけるか
数日空けると、その日の復習が一気に出てきます。ここで溜まった300枚を全部出す設計にすると、ほぼ確実に心が折れます。
私たちは1回のセッションで最大100枚という上限を置きました。あふれたぶんは翌日に回ります。「今日は終わった」という状態に必ず到達できることを優先した判断です。
紙で運用するなら、箱1が溢れたら今日は箱1だけやると決めてしまうのが同じ効果を持ちます。**溜まったぶんを1日で片づける必要はありません。**多少ずれても壊れないのが、この仕組みの美点です。
⑤ 新規カードを1日に何枚入れるか
実は、ここが唯一の実質的なつまみです。
仕組みの性質上、今日入れたカードは明日以降の復習として必ず戻ってきます。新規を1日50枚入れれば、数週間後には毎日100枚超の復習が積み上がる。「アプリを開くのが憂鬱」の正体はほぼこれで、間隔の設定をいじっても解決しません。
私たちは1日あたりの新規導入枚数に上限を設ける設計にしました。復習は全部出すが、新規は枠を超えたら翌日に回す。最初は1日10〜20枚から始めて、2週間ほど回して復習量が許容範囲に収まるかを見る——これが一番失敗しにくい立ち上げ方です。
紙でも同じで、箱1に一度に入れる枚数を決めておくだけで挫折率が大きく変わります。
⑥ 複数の科目を並行するとき、どう配分するか
これは紙だと自然に解決するのに、アプリだと壊れる問題です。
科目ごとに箱を分けていれば、人間は自然に「今日は英語10枚、法律10枚」と配分します。ところが全科目をひとつのキューにまとめて「古い順に新規を出す」と実装すると、先に大量に作った科目が導入枠を丸ごと食い潰します。英語のカードを500枚作った翌週、法律のカードが1枚も出てこない。
私たちは共通枠のフォルダ間はラウンドロビン(各フォルダから1枚ずつ順に取る)にして配分しています。さらに、特定の科目だけ集中したい場合に備えてフォルダ別に専用枠を設定でき、その枠は共通枠を侵食しません。
紙でやるなら、科目ごとに箱を分ける——それだけで済みます。
⑦ 休む日をどう扱うか
毎日やるのが理想なのは確かですが、週1日は休むと決めている人にとって、休む日に復習が積まれるのは単なる負債です。
私たちは休息曜日を設定でき、次回の出題日を「学習日」で数えるようにしました。日曜を休みに設定していれば、「3日後」は日曜を飛ばして数えられます。カレンダー上の3日後ではなく、実際に学習する日で3日後という意味です。
紙の場合は、箱を開ける曜日から休む日を外すだけで同じことになります。
うまく回らないときの診断
症状から原因を引くための表です。ほとんどの不調は⑤に行き着きます。
| 症状 | ありがちな原因 | 対処 |
|---|---|---|
| 毎日の量が多すぎて開くのが嫌 | 新規の入れすぎ(⑤) | 新規の投入を止め、復習だけ消化。平常に戻ってから再開 |
| 同じカードが何度も箱1に戻る | カードが大きすぎる(1枚に情報を詰めすぎ) | 1枚1論点に割る。覚えられないのは記憶力でなく設計の問題 |
| 箱5まで行ったのに本番で出てこない | 出題の向きが本番と違う | 本番で問われる向きで出題する(用語→意味だけでなく意味→用語も) |
| 数日空けたら復習が爆発した | 上限を置いていない(④) | 1回の枚数を区切る。溜まりを1日で消さない |
| 続かない | 1日の量が日によってバラバラ | 新規の枚数を固定する。量の予測可能性が習慣化の条件 |
紙とアプリ、どちらで始めるか
枚数が200枚を超えるあたりが分かれ目だと思っています。
紙の箱の利点は本物です。手で書くこと自体が記憶に効きますし、物理的な箱の厚みが進捗としてそのまま見える。始めるコストがゼロなのも大きい。
一方で、上の①〜⑦を全部自分で管理し続けるのは、枚数が増えるとしんどくなります。特に**⑥(科目ごとの配分)と④(溜まったときの上限)**は、紙だと「今日は何をどれだけやるか」を毎回自分で判断することになり、その判断自体が続かない原因になります。
まずは封筒5枚で1〜2週間回してみるのが、いちばん確実な入り口です。仕組みが体に入ってから道具を選んでも遅くありません。
まとめ
- ライトナーシステムは**「正解したら次の箱、間違えたら箱1」**だけの方法。原理は間隔反復と検索練習で、新しくはない。紙と箱で実行可能にしたことが発明
- 単純な説明では7つのことが決まっていない——間隔の置き方/間違えたときの戻し方/1日の境界/溜まったときの上限/新規の投入量/科目間の配分/休む日
- そのうち実質的なつまみは「1日に入れる新規の枚数」。不調のほとんどはここに行き着く
- 間隔の数列に厳密な最適解はない。最適な間隔はゴールまでの期間で変わるので、固定の数列はどのみち近似
- まず封筒5枚で2週間。仕組みが分かってから道具を選ぶ
この記事について
このサイトは、暗記アプリ RepeCa の開発元が運営しています。後半の7項目は、実際にライトナー方式を実装したときに決めた内容とその理由をそのまま書いたものです(5段階・間隔は1/3/7/14/30日・間違えたら箱1へ・午前4時境界・1回100枚上限・新規の導入枠・休息曜日の学習日換算)。作り手の立場で書いているので、その前提で読んでください。
「こう決めるのが正解」と言うつもりはありません。決めなければならない項目がここにあるということが伝われば、紙で運用する人にも、他のアプリを使う人にも役に立つはずです。