学習法

エビングハウスの忘却曲線は、正しく引用されているか——「1日で74%忘れる」の出どころ

「人は1日で74%を忘れる。だから復習が必要だ」——研修資料でも学習アプリの宣伝でも、この一文はほぼ定型句になっています。

ただ、この数字を原典まで辿ると、二重におかしいことが分かります。ひとつは数字そのものが原データと合わないこと。もうひとつは、そもそもエビングハウスが測ったのは「忘れた割合」ではないことです。

結論を先に書くと、忘却曲線の主張——復習には意味がある——自体は正しいままです。壊れているのは根拠の引き方だけで、より確かな根拠は別にあります。この記事では、何がどう間違っているのかと、代わりに何を挙げればいいのかを整理します。

まず事実確認:彼は何を、どうやって測ったのか

ヘルマン・エビングハウスが『記憶について(Über das Gedächtnis)』を公刊したのは1885年、実験そのものはそれ以前(1880年ごろ)から行われていました。

条件を並べると、現代の感覚ではかなり特殊です。

節約率とは何か

ここが最大の分かれ目です。

節約率とは、同じリストを覚え直すのに必要な手間が、一度覚えたおかげでどれだけ減ったかを表す指標です。

たとえば、最初に完全に覚えるまで25回の反復が必要だったとします。1日後に覚え直したら20回で済んだ。減ったのは5回ぶんなので、節約率は 5 ÷ 25 = 20% です。

つまり節約率は「覚え直しの効率がどれだけ良くなったか」であって、「いま何割を思い出せるか」ではありません。両者は関係はしていますが、別の量です。

エビングハウスが実際に得た数値

では原データはどうだったのか。2015年に PLOS ONE に掲載された追試論文(Murre & Dros, 2015)の Table 3 が、エビングハウスの値を再掲しています。

経過時間節約率
20分後0.58
1時間後0.44
9時間後0.36
1日後0.33
2日後0.28
6日後0.25
31日後0.21

1日後の値は 0.33 です。

誤引用① 「1日後には74%を忘れる」

日本語圏で最も広く出回っている表は、1日後を 26%(したがって「74%を忘れる」)としています。しかし上のとおり、査読論文が再掲するエビングハウスの1日後の値は 0.33 です。一致しません。

この 26% がどこから来たのかを一次資料まで辿ろうとしましたが、出所を確認できませんでした。孫引きの過程で生じた誤りが、そのまま定着したものと思われます。少なくとも、「エビングハウスの実験によれば」と添えて 26%/74% を出すのは、現時点で根拠を示せない引用です。

そして数字が合っていたとしても、「節約率 33%」を「67%を忘れた」と読み替えるのは誤りです。節約率は覚え直しのコスト削減率であって、記憶の残存率ではありません。

誤引用② 「忘却曲線は記憶の残存率のグラフ」

①の後半と同じことですが、単独でよく見かけるので分けて書きます。

縦軸に「記憶保持率」と書かれた忘却曲線の図は、縦軸のラベルが間違っています。正しくは「節約率」です。ラベルを直すだけで済む話ではなく、「1日経つと記憶が3分の1になる」という直感的なストーリーが成立しなくなるので、影響は小さくありません。

誤引用③ 「復習するたびに曲線が寝ていく」多段グラフ

復習のたびに曲線がなだらかになっていく、階段状の図。おそらく最も広く共有されている忘却曲線の図版ですが、これはエビングハウス自身が示したデータそのものではありません。後年の解説や教材で描かれるようになったものです。

主張の中身(復習を重ねると忘れにくくなる)は別の研究によって支持されています(後述)。ただ、「エビングハウスがそう測定した」と書くと事実ではなくなる——という種類の誤りです。

誤引用④ 「だから1日後・1週間後・1か月後に復習すべき」

このスケジュールをエビングハウスの実験から導くことはできません。彼が調べたのは「一度覚えたものが時間とともにどう失われるか」であって、「いつ復習すると最も残るか」ではないからです。

復習間隔の設計に使える研究は別にあります。Cepeda らが2008年に発表した研究(Psychological Science、1,350人以上が参加)は、最適な復習間隔がゴールまでの期間に応じて変わることを示しました。1週間後のテストなら期間の20〜40%程度、1年後なら5〜10%程度です。

つまり「1日後・1週間後・1か月後」は数か月先の試験を想定すればそこそこ妥当な近似ですが、万能の数字ではありません。1週間後の試験には長すぎます。

2015年の追試が示したこと

では忘却曲線そのものは信用できないのかというと、そうではありません。

Murre と Dros は2015年、エビングハウスと同じ手続きで追試を行いました。被験者は22歳の男性1名(原典と同じく単一被験者)、104個の無意味つづりからなるリストを70本、各条件につき10本ずつ学習・再学習。実験期間は75日、総時間は約70時間に及びます。

結果は次のとおりです。

経過時間エビングハウス(1885)追試(2015)
20分後0.580.63
1時間後0.440.45
9時間後0.360.40
1日後0.330.37
2日後0.280.30
6日後0.250.22
31日後0.210.041

**6日後までは驚くほどよく一致しています。**130年前の、被験者1名・自己実験のデータが、これだけ再現されるのは率直に見事です。

一方で31日後だけは大きく外れました(0.21 対 0.041)。追試の著者らもこれを例外として明示しています。「1か月後でも2割は残る」という部分は、再現されなかった数値だと理解しておくのが安全です。

節約率という指標そのものの限界

追試の著者らは、節約率という測り方自体についても注意を書いています。

これは元の実験の価値を否定するものではなく、**「この数字を自分の学習にそのまま当てはめるな」**という注意です。無意味つづりの忘却速度と、意味のある内容(単語・条文・用語)の忘却速度は同じではありません。

では、復習の根拠として何を挙げればいいか

忘却曲線を持ち出さなくても、復習が効くことを示す研究はもっと直接的なものがあります。

① 分散効果 — 学習の総量が同じでも、間隔を空けたほうが長く残る。Cepeda らの2006年のメタ分析は254件の研究を統合し、年齢層や材料を問わずこれが成り立つことを確認しています。「復習は間隔を空けたほうがいい」の根拠は、忘却曲線ではなくこちらです。

② 検索練習(テスト効果) — 読み返すより、思い出そうとするほうが残る。Roediger と Karpicke が2006年に示したもので、**「復習=読み返し」ではなく「復習=思い出す」**であるべき理由がここにあります。

この2つを自動化したのが間隔反復(SRS)です。仕組みと、試験日から逆算した復習設計については間隔反復(SRS)とは——忘却曲線から逆算する復習の設計で詳しく書きました。

引用するときのチェックリスト

忘却曲線に触れる文章を書くときは、この4点を確認すれば事故を防げます。

  1. 縦軸を「記憶保持率」と書いていないか → 正しくは節約率
  2. 「◯%忘れる」と言い換えていないか → 節約率は残存率ではない
  3. 復習で曲線が寝ていく多段グラフを「エビングハウスの図」として出していないか → 彼のデータではない
  4. 復習スケジュールの根拠にしていないか → 分散効果の研究を挙げる

まとめ

忘却曲線は、記憶研究の出発点として今も価値のある仕事です。だからこそ、盛らずに引用したほうが、かえって説得力があります。


この記事について

このサイトは、暗記アプリ RepeCa の開発元が運営しています。間隔反復を実装している立場で書いているので、その前提で読んでください。この記事の数値はすべて、下記の追試論文の本文(Table 3)を直接参照して書いており、二次情報からの引き写しは含めていません。

「26%」の一次出典をご存じの方がいれば、お問い合わせからご教示いただけると助かります。記事を訂正します。

← 暗記のコツの一覧へ